支援のゴールは“その人の生活”にある 〜SVが自立支援の進化と未来を語る

今回は、SV(スーパーバイザー)として多職種と連携しながら介護現場の指導・管理を続ける戸澤さんと橋本さんに、自立支援の本質と地域共生社会のこれからについて語っていただきました。
訓練という「手段」にとどまらず、“その人がどんな暮らしを望んでいるのか”を見つめる支援のあり方。専門用語をわかりやすく伝え、想いをつなぐ“言葉の翻訳”の工夫。そして、制度の隙間に取り残される人に寄り添い、地域の中で誰もが役割を持って生きる仕組みを育てていく姿勢。
お二人の言葉から浮かび上がるのは、「支援する・される」という関係を超え、“共に生きる”という視点で人と地域をつなぐ支援者の姿でした。
目次
「歩けること」が自立支援の全てではない
まず、「自立支援」と聞くと、多くの人が「歩けるようになること」と捉えがちですが、現場ではどうでしょうか?
戸澤:僕はまず、スタッフに「この訓練は何のためにやっているのか?」と問いかけることから始めます。歩行訓練自体が悪いわけではありませんが、それが本人の生活や希望と結びついていないと意味が薄れてしまうんです。
たとえば、「自宅の庭で草取りをしたい」という希望があるなら、その目的のために歩けるようになることが重要なんです。訓練のゴールが“生活の中のやりたいこと”に繋がっているかどうかを、常に確認するようにしています。
橋本:「手段が目的化してしまう」ことは本当に多いと感じます。現場ではつい「歩ける距離」や「立てる時間」といった数字に目が行きがちですが、「その人がなぜそれをしたいのか」という背景を知ることで、支援の意味がまったく変わってきます。
歩行はあくまで生活の手段であって、最終的には「その人らしい生活」を支えることが本来の目的だという視点を、日々の声かけや記録の中でもスタッフと共有しています。
つまり、「手段が目的化する」ことへの警鐘ですね。現場のスタッフにも、この視点をどう伝えていますか?
戸澤:改めて、僕はまず「なぜその訓練が必要なのか?」をスタッフに問いかけることから始めます。本人の生活に結びついていない支援は意味がないと理解してもらいたいですね。
伝わらない専門用語 ── “言葉の翻訳”がカギに
支援の質を高める上で、伝え方も重要だと思います。専門用語が伝わらないこともあると聞きますが?
戸澤:はい。僕も以前は、現場で「QOL」や「ADL」といった専門用語をよく使っていました。でも、ある時スタッフに「それって結局どういう意味なんですか?」って聞かれて、ハッとしたんです。こちらが当たり前のように使っている言葉でも、現場ではうまく伝わっていないことがある。
それ以来、「その人が気持ちよく毎日を過ごせること」とか「朝起きてから寝るまでに困らないこと」といった、より身近で具体的な表現に言い換えるよう意識しています。専門性を持ちつつも、みんなが同じ方向を向けるようにするのもSVの役割だと思っています。
橋本:僕も同じです。「社会的自立」って言ってもピンとこないことが多いですよね。でも、「1人でスーパーに行って、自分の好きなものを選べるってすごいことじゃない?」って話すと、現場のスタッフにもスッと伝わるんです。
言葉って、ただ知っているだけじゃなくて、“伝わる”ことに意味があると思っています。現場では多職種で関わるからこそ、SVはそれぞれの専門用語を“現場の言葉”に翻訳する役割がある。僕たちが間に立って、共通言語に置き換えることで、支援の方向性がぶれずに済むんです。
なるほど。言葉の壁を超えることで、支援の理解も深まるわけですね。
制度の壁と見えにくい孤立
ここからは少し重いテーマになりますが、制度の使いにくさについてお二人の実感を教えてください。
戸澤:制度の入り口が非常にわかりづらいというのは、本当に感じます。特に介護保険の申請は、高齢者が自分でやるのはほぼ無理に近い。書類も複雑ですし、どこに相談すればいいのかもわかりにくい。だから、必要な支援にたどり着けないまま制度の外に置き去りにされている人が、実際にいるんです。そういう人たちを“見つけて声をかける”ことも、僕らの役目だと思っています。
橋本:そうですね。制度上は「自立している」と判断されても、実際には買い物にも行けず、誰とも話さずに1日を過ごしている、という方もいます。表面的には元気そうに見えても、実際は困りごとを抱えているケースが多い。制度と現実の間にあるギャップは、現場でしか見えてこない部分でもあります。
孤立している人たちを拾い上げるために、現場ではどう対応されていますか?
戸澤:だからこそ、僕らSVは制度の枠にとらわれず、日頃から利用者さんの小さな変化や声に耳を傾けています。「ちょっと様子が違うな」と思ったときに、声をかけたり、制度申請のきっかけをつくったり。地域の中にある資源。たとえば民間のサービスやボランティア団体なども含めて、使えるものは何でも活用するようにしています。
橋本:あとは、家族や地域の人たちとのつながりを絶やさないことも大切です。僕たちだけで支えるには限界がありますから。見守りの体制を地域と一緒に作っていく、そのためにも「この人は誰とつながっているのか」という支援ネットワークを“見える化”することが、孤立防止の第一歩になると思っています。
地域共生社会 ── 担い手は誰か?
地域共生社会の実現には担い手づくりが不可欠ですが、実際の課題は何でしょうか?
戸澤:正直なところ、今の仕組みはボランティア頼みで回している部分が多く、それでは持続しません。やはり、元気な高齢者自身が“支えられる側”から“支える側”へと自然に移行できるような仕組みが必要だと思います。
その人が地域の中で何らかの役割を持つ――それ自体が実は自立支援なんですよね。誰かの役に立っている、必要とされていると感じられることが、心身の活性化にもつながると現場でも実感しています。
橋本:「65歳で定年=支えられる側」という考え方は、もう時代に合っていません。むしろ今の高齢者は体力も経験もあるので、地域の担い手としてまだまだ活躍できる。
その力をどう活かすか、という視点で仕組みを見直す必要がありますし、行政にもその後押しをもっとしてほしいですね。たとえば地域活動に参加しやすい環境整備や、ちょっとした役割が報酬につながる仕組みなど、柔軟な支援が求められていると思います。
具体的にはどんな施策が効果的だと考えますか?
戸澤:具体的には、シルバー人材センターや地域の集まりの中で、「誰かのために動ける場」があることが大切です。たとえば、地域のお祭りで受付を手伝ったり、子ども食堂で料理を盛り付けたり――そうした小さな関わりの中に“居場所”や“生きがい”が生まれます。そういう機会を行政や事業所が積極的に作っていくことが、地域共生につながると思います。
橋本:そして、支援者自身も「自分も地域の一員であり、担い手である」という意識を持つことが大切です。施設の中だけで完結するのではなく、地域づくりの当事者として関わっていくことで、支援と地域がつながりやすくなります。そういう姿勢が、周囲の人たちにもいい影響を与えるんですよね。
“できる”を信じる支援の本質
最後に、支援の本質についてお二人の考えをお聞かせください。
戸澤:僕は、「まだできる」と信じることが支援の根幹だと思っています。支援者が諦めたら、本人も諦めてしまう。
橋本:僕たちSVは、現場と共に育ち続ける存在でありたい。指導者ではなく、共に学び合う仲間として。そういう関係性が支援の質を高めると信じています。
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「まだできる」と信じること。
それは、支援する側が最初に差し出す“希望”なのかもしれません。
自立支援とは、誰かをできるようにすることではなく、その人が自分の力で生きていける環境をともに作ること。
そして、地域共生とは、支える・支えられるの境界を超えて、誰もが役割を持ち、関わり合いながら暮らしていくこと。
支援者もまた地域の一員として、日々の現場から“共に生きる社会”を育てていく。
そんな現場発の挑戦が、これからの福祉の未来を少しずつ変えていくはずです。